CaseStudy:20 自由な発想で木と向き合う木工職人が選んだのは製作活動にも、家族との暮らしにもベストな土地

なかもく(中本木工研究所) 代表 中本 晋
鳥取、京都、石川→2005年茨城 Iターン

「豊かな自然が、製作にも生活にもパワーをくれる」

「この土地を初めて見たのは新緑の季節でした。見渡す限りに広がる田畑がやわらかな緑色に染まって、その先には木立と青い空。その眺めに感動しました。だから、この場所が好きなんです」。
2011年、茨城県那珂市額田に自宅兼工房を建て、木と漆をつかった家具・食器製作をおこなう「なかもく」(中本木工研究所)を開業した中本晋(なかもと すすむ)さん。新築にあたり2年ほどかけて土地探しをする中、義父が「使っていいよ」と紹介してくれたのがこの場所だった。
現在では那珂市額田地区は農業が主要産業となっているが、かつては久慈川の水運によって茨城県北エリアから運ばれる木材を加工する製材工場があり、大工職人や建具職人らで賑わった。このような歴史的背景から職人に対する馴染みは深く、「畑の中に工房を開いても、物珍しい目で見られたり、疎外感を味わったりすることはなく、入り込みやすい雰囲気がありました」と中本さん。妻の地元だからというシンプルな理由でこの土地への移住を決めたが、今では製作活動においても家族の生活においても、この土地で暮らすことが「ベストな選択」だったと語る。

「工房で作業していると、自分の姿を俯瞰しているような感覚になることがあるんです。集中力が極限まで高まって周囲から音が消え、すべての工程がはっきりと見えるような感覚です。僕はこれを『ゼロの時間』と呼んでいるのですが、作業が最高の波にのっている証。作業に行き詰ったら表へ出て景色を眺めるだけで気持ちがリセットできるから、戻ってまた集中できる。大自然に囲まれたこの環境だからこそ叶う時間です」。

工房併設の住まいの設計を手がけたのは、土壁や無垢材をつかった家の設計を得意とする設計士。家具類のほとんどは中本夫妻の手づくり。

集中力が極限に高まる「ゼロの時間」。自然に包まれた額田の環境があってこそ訪れる、中本さんのマジックアワーだ。

漆の技術と常陸大宮市特産の西ノ内和紙を組み合わせた「はりぬき漆器」。「いばらきデザインセレクション2014」に選定された作品。

「職人の世界に希望を感じ、故郷を離れて技術を磨いた日々」

鳥取県に生まれ、4人きょうだいの末っ子として育った中本さんが木工職人の道を志したのは16歳のとき。高校の夏休みにアルバイトとして地元の木工所へ手伝いに行ったことがきっかけだった。
「姉や兄は成績優秀でしたが、僕は勉強が苦手で。何のために勉強するのか、その意味が分からなかったんです。でも木工所の親方に、学歴ではなく実力主義で認めてくれる職人の生き方を教えてもらい、進みたいと感じる道が拓けました」。
高校を卒業し、京都伝統工芸大学校へと進学。京指物(きょうさしもの)を学ぶ課程の中で「拭き漆(ふきうるし)」という仕上げ工程にも興味を持ち、さらに石川県立輪島漆芸技研修所へと進学した。土日も作業に明け暮れて学びの3年間を過ごす中、同じ研修所に通っていた文子さんと出会い、彼女の卒業を機に結婚して茨城県へ移住。石岡市の木工所に就職して同市内で暮らした後、那珂市額田にある文子さんの実家の離れへ転居し、ひたちなか市の家具製造所に再就職した。

鳥取に戻ることも考えたが、「もっとチャンスのある土地へいくべき」という父の勧めもあり茨城へ。木工所や家具製造会社に勤めながら独立をめざした。

「大好きな場所だから、もっと魅力をのばしたい」

やがて、同じ額田地内に工房併設の新居を構えて「なかもく」を創業。思うように仕事がとれない時期もあったが、住居と工房の設計を依頼した設計士との縁がきっかけとなり、飲食店の家具と内装仕上げをすべて任されるなど徐々に上向きに。仕事が充実するにつれて最初はわずらわしいと敬遠していた近所づきあいに対する意識にも変化がうまれ、この土地で気持ちよく暮らしたい、この場所をもっと良くしたい、そんな思いを抱くようになったという。
そこで、断り続けていた町内会長を引き受けて地域の中へ馴染むことができるよう積極的に行動したほか、地元の史跡である額田城址の振興に尽力する義父の活動にも協力し、地域、そして人とのつながりを深めていった。

「おとうさん」「すすむ」と呼び合う義父の公史さんと中本さん。「輪島にいた頃から、妻へ届く栄養たっぷりの野菜を僕も食べてパワーをもらっていました」と中本さん。

「県外の友人が遊びに来ると、みんなかならず『自然があっていい場所だね』って言うんです。少し車を走らせれば市街地に出られるから生活に必要なものはすぐ手に入るし、米や野菜はおとうさんがつくってくれる。ここでの生活が大好きだから、もっとこの土地の魅力を高めていきたいんです」。
そう語る中本さんが思い描く「理想のまち」は、豊かな自然と農の営みをいかしつつ、多彩なジャンルの作家が集う芸術村。冬場の砂嵐を防ぐ目的も兼ねて休耕中の畑に麦を植え、パンや麺をつくる。地元産の食材をつかった料理を提供する小さなレストランには中本さんのつくったテーブルや椅子が置かれ、作家仲間のつくった焼き物の器が並ぶ…。自然の中に芸術と豊かな文化が香る、そんなまちに育てていくのが中本さんの夢だ。
「都会になる必要はないんです。景色はこのままがいい。製作に行き詰ったらちょっと庭に出るだけで気持ちをリセットでき、仕事以外の時間は家族と一緒にのびのび過ごせる。この最高の環境を守りながら、このまちをもっといい方向へのばしていきたいです」。

持ってルンバが踊れるほど軽く、また、肘掛をテーブルに掛けて床から浮かすことができるなどお掃除ロボットにも対応した「レッジェーラ・フォールンバ」。

中本さんの義父である原公史(はら ひろし)さん。かつてはゴミが山積みだった額田城址のお堀を清掃し、遊歩道や休憩施設を整備した立役者。

額田城址は、木立の中に遊歩道がのびる自然豊かな場所。春は桜が美しく咲き誇り、ハイキングコースとしても人気だそう。

生まれ変わった額田城址公園では、地域のまつりも開催されている。原さんをはじめ、「地域の力」でつくりあげた憩いの場所だ。

原家の蔵にあった年代物の臼。割れ目を中本さんが補修して、パパ友らと一緒に「もちつき大会」を楽しんだそう。

中本 晋プロフィール

1980年、鳥取県生まれ。木工職人を志して京指物と輪島漆を学んだ後、妻の故郷である茨城県へ移住。2011年、「なかもく(中本木工研究所)」を開き、オーダーメイドの家具・食器の製作を手がけている。「いばらきデザインセレクション2014」に選定されたほか、「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT2017」のメンバーにも選出された。

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