CaseStudy:13 茨城に拠点を移し東京オリンピックのメダルを目指す!
ボート競技で活躍が期待される潮来在住アスリート

男子ボート選手 中野 紘志
埼玉県→茨城県 Iターン 2016年

「ボート競技に集中できる環境を求め潮来市に移住」

中野 紘志選手は日本を代表するボート選手の一人。現在は茨城県潮来市に拠点を構え、練習に取り組んでいる。2016年のリオデジャネイロオリンピックに出場した中野選手だが、ボート競技に出会ったのは一橋大学に進学してからというから驚きだ。高校生までは水泳、サッカー、テニスなど様々なスポーツに打ち込んできたが、自分に向いているのではないかと思い、ボート競技をスタートしたという。大学時代はボート部に所属し、練習に明け暮れる日々を過ごした。

2016年のリオオリンピックに出場したときの中野選手(左)

練習を重ね、腕を上げた中野選手は、2009年のU23ボート世界選手権に日本代表として出場。男子軽量舵手なしフォア(漕手4人が乗り、艇の舵を操る人がいないボート種目)の種別で銀メダルを獲得するという快挙を成し遂げた。
その後もボート競技に打ち込んだ中野選手は、オリンピック出場を目指し、所属企業の退社を決意。仕事をしながら練習するのではなく、ひたすらボート競技に集中できる環境を探すことにした。

そのような中、中野選手が拠点として選んだのが茨城県潮来市。そのきっかけは、潮来市教育委員会の国体推進員として活動する嶋田稔男さんがSNSをとおし中野選手に注目したことだった。「ボート競技が盛んな潮来でその力を発揮してほしい」と嶋田さんからのラブコールを受けた中野選手は、潮来市へ拠点を移すことを決意。茨城県スポーツ専門員(2019年の茨城国体での活躍が期待される選手が任命される)にも就任し、本格的に茨城での活動をスタートさせた。
潮来市に拠点を移した中野選手は、アジア代表として2016年のリオデジャネイロオリンピックに出場。その後も潮来市を拠点に練習を続け、2017年のシーズンは全日本軽量級選手権、愛媛国体、全日本選手権と国内大会3冠を達成した。

潮来市へ住民票を移した中野選手と潮来市役所のみなさん。

「水郷潮来の地から茨城国体、そして東京オリンピックへ―」

潮来市には茨城県内で唯一、ボート競技の公認コース(B級)がある。コースが設置される常陸利根川は川幅が広く流れもゆるやかでボート競技に最適な環境だ。コースの近くにはボート置場やトレーニングジムを有する「潮来市立ボートセンター あめんぼ」が整備され、市民はもとより、近隣のボート競技団体の練習拠点として利用されている。こうした恵まれた環境から、潮来市内の市立中学校2校(潮来第一中学校、日の出中学校)と茨城県立潮来高等学校にはボート部があり、全国大会で活躍するほどの強豪校になっている。中野選手はこれらボート部の学生とも交流があり「自分と同じボート競技をがんばっている学生たちと交流できることがうれしいです」と喜んでいる様子。学生たちにとっても、オリンピック出場選手と日常的に交流がもてる環境は、とても魅力的なことだろう。

「潮来市立ボートセンター あめんぼ」にて地元のボート部の学生と交流する中野選手

「潮来の好きなところは、都心と比べて静かで、自然が豊かなところです。そのため、ゆとりのある環境の中、集中して練習に取り組むことが出来ます。また、ボート競技は遠征が多いのですが、空港や都心へも近くて非常に助かっています。」と中野選手。喧噪が少ない住環境と都心へのアクセスの良さがベストマッチしているという。「2019年の茨城国体で結果を残した後は、2020年の東京オリンピックで金メダルを獲ることが当面の目標です」と力強く話してくれた。また、「ボート自体が地元に愛される競技であってほしい」と競技の将来も見据えた想いも語ってくれた中野選手。今後の活躍から目が離せない。

向かって左側が潮来市教育委員会で国体推進員を務める嶋田稔男さん。中野選手が潮来に拠点を移すきっかけとなった。

ボートの手入れをする中野選手。ほんの少しの調整が結果を左右する。選手一人一人でベストのセッティングは違うので頼れるのは自分だけ!

茨城県内で唯一の公認ボートコース(B級)が設置される常陸利根川。川幅が広く穏やかな水面はボート競技に最適だ。

日本代表としてリオオリンピックに出場した中野選手。潮来で研鑽を積んで2020年の東京オリンピックでのメダル獲得を目指す。

中野 紘志(なかの・ひろし)プロフィール

1987年石川県金沢市生まれ。石川県金沢二水高等学校を経て、一橋大学商学部卒業。大学でボート競技を始めボート部に所属。2009年にチェコ共和国で開催されたU23ボート世界選手権に出場、男子軽量級舵無しフォアで銀メダルを獲得。同選手権で日本初のメダル獲得という快挙を達成する。オリンピック出場を目指し2015年に所属企業を退社。2016年のリオデジャネイロオリンピックで見事出場を果たす。2016年4月に茨城県スポーツ専門員に就任。拠点を埼玉県戸田市から茨城県潮来市に移す。2017年より日本オリンピック委員会アスリート委員会委員。

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