Case Study:1 国際派フォトグラファーが水戸で暮らす理由
海外メディアの取材を通し、茨城の魅力を世界発信

フォトグラファー 長屋 陽
東京 → 茨城 1993年

アメリカの田舎暮らしから都会暮らしへ

米国バージニア州の高校・大学を修了。学校があった町は、国立公園が近くにあり、窓を空けると目の前に牧場が見える、のどかな場所だった。そのため、東京都出身ではあるが、田舎ナイズされてしまったのだと長屋さんは話す。大学卒業後は、米国の新聞社のインターンを経て、フランスに本社を置く通信社大手「AFP通信」の東京支局で社員フォトグラファーとして働き始める。東京へ来て一ヵ月ぐらいは、行き交う車が恐かったり、自宅前の道を異様に狭く感じてしまったりと、外を歩くのも大変だったそうだ。それでもなんとか都会暮らしに慣れていった。やがてフォトグラファーとしての幅を広げるため、スポーツ専門の写真エージェンシーである「フォート・キシモト」に転職。オリンピックの撮影などを手掛け、フォトグラファーとしての地位を確固たるものにしていく。そんな中、「いつか田舎暮らしをしたい」という想いはくすぶり続けていた。

Iターン転職で実現した田舎暮らし

ある日、電車の吊り広告で、田舎暮らしを提唱する「Iターン転職」の記事を掲載する雑誌広告が目についた。ピンと来た長屋さんは雑誌を購入。その中に、スポーツ情報誌創刊に伴うフォトグラファー募集の求人広告があった。広告を掲載していたのは新聞社系の広告代理店で、その会社の所在地が茨城県水戸市だった。長屋さんはスポーツ大会の取材で、過去に2度水戸市を訪れていた。実家がある東京との距離感がちょうど良かった。決め手はさらに2つあった。1つは配偶者の実家が富山県滑川市にあり、海と山の魅力を併せ持つその町へ行くたびに、田舎暮らしへの憧れが高まっていたこと。そしてもうひとつは常磐自動車道から見えた茨城の田園風景。その景色はかつて長屋さんが住んでいた米国バージニア州の景色を彷彿とさせるものだった。こうして水戸の会社への転職を決めた。1993年のことだった。

国際派フォトグラファーが感じる茨城の魅力

1995年、フリーランスのフォトグラファーに転向した。仕事は順調だった。かつての職場だった東京の写真エージェンシー「フォート・キシモト」の外部顧問として、オリンピック関連の仕事を引き受けるようになった。また、茨城県内からもスポーツ情報誌の撮影をしていたつながりからたくさんのオファーが舞い込んで来た。

持ち前の英語力を活かし、撮影以外の仕事も行うようになった。翻訳の仕事や企業向けの英会話スクールなどがそうだが、外国メディアによる日本の取材時のコーディネート業務も行うようになった。この仕事では日本の魅力を紹介する機会が多くあるが、長屋さんが取材先としてセッティングするのは茨城県内である場合が多い。「茨城」というエリアの中に、日本が持つ魅力が凝縮しているので紹介がしやすいと長屋さんは言う。海や山といった自然に恵まれ、美味しい魚や肉、新鮮な野菜も手に入る。神社仏閣などの日本古来の文化に触れられる場所もたくさんある。

私生活においても長屋さんは茨城ライフを満喫している。料理好きな長屋さんは茨城で手に入る食材に魅力を感じている。那珂湊漁港で手に入る新鮮な魚介類、近所のスーパーで手に入る地元の採れたて新鮮野菜、那珂川のモクズガ二などの自然の恵み…挙げていったらキリが無い。

自宅マンションにある自慢のバルコニーからは千波湖の花火が見える。毎年花火大会の日には友人を招き入れ、花火を鑑賞しながらホームパーティーをするのが恒例になっている。こんな恵まれたマンションは、よっぽどのセレブでも無いかぎり都心ではなかなか手に入らないだろう。望んでいた住環境を手に入れやすいところも、茨城の魅力のひとつと言えそうだ。

IOCから公式オリンピックフォトグラファーに配られるジャケット。収納ポケットが多くなかなか使い心地がよろしいとのこと。

地元の店とのつながりも大切と20年以上通う水戸市泉町のバー「セプテンバー」。クライアントとの大事な打ち合わせはこの店で行うことが多い。

趣味の鉄道模型を手にする長屋さん。ちなみにこちらの模型は大正時代に日立製作所が製造したED15型という茨城ゆかりの電気機関車。

パソコンいじりも趣味の一つで、機械関係は強い。デジタル写真の補正や加工もマスターするまで時間はかからなかったとのこと。

長屋さんが撮影に参加したオリンピックの記念ピンバッジがディスプレイされていた。関係者に記念品として配られるものでほとんどが非売品。

結婚式の撮影をするなど、仕事上の関わりも深い常磐神社。「こんな風格のある場所は都心ではなかなか見つからないよ」と長屋さん。

スポーツ写真は表情、緊張感、そしてピークモーメント

長屋さんのポートフォリオから一部をご紹介頂きました。

●プロバスケットボールチーム
茨城ロボッツ試合中の1枚。選手の躍動感と手にボールがピタッと止まっている瞬間にこだわったという。

●稀勢の里関の奉納土俵入り
当日は別件で東京入りしていたが仲間から情報をキャッチして急遽駆けつけ撮影。気迫が伝わる一枚。

●水戸でのドッジボール大会
必死に頑張る子供達の姿。ガッツポーズと表情から「とったぞ~!」と気持ちが伝わってくる。

●日立市内での日本卓球リーグ
アップにすることで選手の表情や筋肉の様子が良くわかって緊張感も伝わる写真に仕上がる。

長屋 陽(ながや・よう) プロフィール

1961年 東京都生まれ、茨城県水戸市在住。高校・大学をアメリカで修了。米国の新聞社「ワシントン・ポスト」のインターンを経て、東京にて「AFP通信」、「フォート・キシモト」の社員フォトグラファーを務める。
水戸市へ移住し、1995年からはフリーランス。オリンピックの撮影など、国際派フォトグラファーとして世界で活躍する。持ち前の英語力を活かし、翻訳や外国メディア・コーディネーターなどの仕事も手掛ける。IPA茨城写真家協会・会長。

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